東恩納寛量・宮城長順顕彰碑

松山公園内に東恩納寛量先生、および宮城長順先生の顕彰碑があります。

なかなかのサイズ感になります。

こちら顕彰碑。

裏に遺訓があります。

略伝と遺訓
東恩納寛量先生(1853~1917)は那覇西町に父・寛用、母・真鶴の四男として生る。20才にして中国福建省福州に渡り、南派少林拳術白鶴拳を15年間修業し1889年那覇に唐手道場を開く。これは唐手道場としては最も古きものなり。那覇手とは先生が中国より帰国後、自ら修行せし白鶴拳を基礎とし、那覇を中心に普及した「手」を云ふものなり。
訓には、
唐手を修行するものは社会の為になれ。
唐手は術も必要なれど道も必要である、
即ち精神が最も大切である。
宮城長順先生(1888~1953)は剛柔流空手道の始祖であり「武士」の名を冠されている、即ち武人として空手道史に特筆されると共に人間としても師表されるべき尊稱である。那覇市東町に生れ14才にして東恩納寛量先生に師事し中国福建省に渡り拳術を研究し、1939年、剛柔流空手道1流派名を名乗る。これ日本に於ける最初の流派名である。
訓には
剛柔流空手道の極意は型の中に在ると知るべし。
剛柔流空手道は己の内に天地自然の調和を表現すべきなり。
剛柔流空手道は徳の道を追求するものなり。
東恩納寛量・宮城長順顕彰碑
・沖縄県那覇市松山1丁目17
・「商業高校前」バス停からすぐそこ。